ダストボックスから君に 後編(差し伸べましょう、汚い僕で良かったら)
細い路地に、奇妙な沈黙が横たわる。
僕は両の手の平を女性に向けながら、ただただ相手の反応を待った。
何とか言ってくれれば良いものを、彼女は身じろぎ一つせずに、こちらを見つめている(と思う)。
まずいな、こりゃ本当に警察行きかもしれないぞ。
警察相手にどう対応しようか、真剣に考え始めたその時、「くくく」と妙な音がした。
「何、それ」
音の正体は、彼女が必死で噛み殺した笑いであるらしかった。
「意味わからない、おかしい」
突然動き出した時間に、どうして良いか分からず呆然としている僕をよそに、彼女は体を「く」の字に曲げて大笑いを始めた。
「あの、ちょっと落ち着いてもらえませんか」
道を行く人々が、笑い声響く路地に、怪訝な顔を覗かせた。
僕が慌てて止めたけれど、彼女はヒーヒー言いながら「ちょっと待って」と「ごめんなさい」をしきりに繰り返して笑った。
最初こそ彼女に呆れていた僕だったけれど、少し経った時点でだんだんどうでも良くなってきて、
しばらく、彼女と一緒になって大笑いした。
思えば、こんなに大声で笑うのは久しぶりだった。
「店員さんだったんですか」
暗い路地を出てから、やっと僕は彼女の立場を知った。
「ええ、このコンビニで働いている者です」
さっきは光の加減で見えなかったけれど、彼女が纏っているのはコンビニ店員の制服だった。
確かに、コンビニの店員でもなければ、一般女性がゴミ漁り男に注意をするわけがない。
「先程は失礼しました」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
失礼していたのは明らかに僕の方なのに。
そう思いながらも、僕は「いやいや」と早口に言うだけで、気の利いた台詞の一つも吐けなかった。
僕は昔から、美人の前だと無口になる質だった。
彼女によると、僕がゴミ箱を漁る物音は、自分で思っていたよりかなり大きかったらしい
(「そろーり、そろーり」って、自分で口に出して歩いているようなものだ)。
この道三年の僕だが、そんな失態に気付いたのは初めてだ。ちょっとショックだった。
お互いにお互いをどうすれば良いのか分からず、コンビニの前でそわそわしていた僕たち。
「ご飯、大丈夫ですか?」
大丈夫の意味が分からず、小首をかしげる。
今すぐ死ぬわけではないし、大丈夫と言えば大丈夫だが、社会一般から見たら、僕は全然大丈夫じゃないだろう。
「あの、ちょっと待っててもらえます?」
暗くなった空に視線をやったまま沈黙を保つ僕に、彼女は酷く慌てた様子だった。
ちょっとですから、と再三くりかえしながら、コンビニに戻っていく。
小動物みたいだ。
わかったから行ってらっしゃい、と手を振りたくなる。
可愛いな。
美人だという部分を差し引いても、何となく放っておけない感じが。
「これ、良かったら」
戻ってきた彼女の手には、大きな弁当があった。
流石の僕も、逡巡した。
「店長に怒られるんじゃないですか」
こんな奴に弁当を恵むなんて。
「いいんです、大丈夫ですから」
彼女がにっこりと笑った。
僕の胸が、きゅんとうずいた。
僕の腹が、ぐーっと鳴った。
その日は、二日ぶりにありつけた飯を食らったら、すぐに眠りについてしまった。
人間、お腹が満たされると心も満たされるものだ ( と偉い誰かが言ってたよ )。
あんなに安らかに眠れたのは、多分こんな生活になって初めてだった。
そして、明日が楽しみになったのも。
齢二十四歳にして、甘酸っぱい恋の予感。
ありがとう神様、ちょっと見直した。
*
翌日の同じ時間、僕は彼女のコンビニの周りをうろちょろしていた。
いつも通り、通行人の視線が僕に集中していたけれど、今はそんなことはどうでも良かった。
「こんばんは」
仕事を終えて出てきた彼女が、コンビニの明かりをバックに、ふっと笑う。
制服姿で可愛い彼女、やはり私服姿も素晴らしい。
「昨日と同じものになっちゃうんですけど」
「いや、全然構いません。有難う御座います」
申し訳無さそうな彼女に頭を下げる。
こんなことを言うのは良くないけれど、彼女が当たり前のように弁当をくれることが、僕には何だか、凄く嬉しく感じられるのだ。
それは昨日の弁当が美味かったからだとか、そういうことではなくて ( 美味しかったけどね )。
そしてこのやりとりは、翌日も、その翌日も続いた。
同じ時間に店の前に来て、同じぐらいうろちょろして、同じ笑顔で彼女が、同じ弁当を持ってきてくれる。
彼女が毎日バイトを入れているはずはないけれど、彼女は必ず毎日、僕に弁当を恵んでくれるのだ。
気持ちを募らせるなって言うほうが、無理だと思わないか。
*
弁当の受け渡しが続いて、ちょうど二十日目の夜のことだ。
「ちょっと話しませんか」
彼女はそう言って歩き出した。
突然の誘いに面食らったけれど、彼女がくれた弁当と、おまけのコーヒーを抱えて大人しく後をついていった。
誘いを断るわけもない。
なるべく長く彼女といたかったし、なるべく多くのことを知りたかった。
車の往来が激しい道路から遠ざかって数分、小さな公園に辿り着いた。
ブランコの一つに腰を下ろして、彼女は自分の分の缶コーヒーを開けた。
もう一つのブランコに身を落ち着かせ、彼女にならって缶コーヒーを飲んだ。
やり場のない視線を、公園の景色に這わせる。
物寂しい公園だ。
僕達が座っているブランコの他には、ゴミ箱と小さな砂場しかない。
「どうして、俺なんかに弁当をくれるんですか」
沈黙が痛く感じられてきたから、思い切って疑問をぶつけてみた。
「……いけませんでしたか?」
う。
そんな哀しそうな顔で見られると、ちょっと困る。
「そういうわけじゃないけど…変でしょ、こんな奴に」
思わず目を背ける。
すると、意を決したように、大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「私、あなたのことを知ってる気がするんです」
気がするだけなんだけど、と彼女は白い歯を見せて笑う。
「デジャブってやつですかね?」
「そんなに不思議なものだとは」
言いかけた所で、彼女が「くしゅん」と小さなくしゃみをした。
「思えないけど」
「……」
僕が綺麗なコートでも持っていたら、寒い思いをさせなくて済んだかも知れないのに。
なんて不相応な男だろう。
こんな素敵な女の子が、僕の傍で震えているっていうのに。
僕は、何もしてあげられない。
ゴミ箱が、視界の端にちらつく。
お前はそれに納まってろ、と言わんばかりに。
「そろそろ帰りましょう、風邪を引いてしまうかもしれない」
ぬるくなったコーヒーを、一気に飲み干す。
送りますよ、とも言いたかったけれど、彼女のためを考えて、その言葉は飲み込んだ。
こんなやつが隣に並んでいたら、彼女に恥をかかせてしまうに違いない。
ああそうだ、もう弁当を貰うのもやめよう。
なんて馬鹿だったのか。
少し優しくされたぐらいで、つけあがりやがって。
なんて格好悪いんだ。
俺は家も金もない男。
ゴミ箱の中にいるのがお似合いな男。
何もできない。
彼女に相応しいはずがない。
震える指が、空の缶に食い込んだ。
メキョッと不気味な音がした。
「いいえ、私はあなたともっと話がしたいの」
悲痛な声だ。
「思い出せそうなの、あなたのこと」
どうして良いかわからなくて、しばらく彼女と見つめ合った。
「それに…そう、不思議よね」
「不思議?」
根負けして顔を伏せたのは意外にも彼女の方だった。
「ええ、とっても不思議」
顔の前で、手をぱたぱたと仰ぐ彼女。
顔が赤くなっていることに、気付く。
「きっと、貴方のこと、好きなんだと思う」
時が止まる。
「出会って二十日目なのに?」
思わず聞き返す。
「何で、俺はホームレスで、君とは不釣合いな男で、それに」
「そんなことじゃなくて」
彼女は首を必死に横に振った。
「私、食通な男の人が好きみたいなの」
「…は?」
二人同時に吹きだして、初めて出会ったときのように声を上げて笑った。
「…俺も、彼女にするならコンビニの店員って決めてたんだ」
やっと自分に自信がついたのに、口から出てきたのは、
あまりにも意味不明で、あまりにも回りくどい告白。
「よかった」
でも、ちゃんと伝わっている。
「不思議ね」
「うん、摩訶不思議だ」
なんておかしな話だろう。
神様、こんなことってありですか?
ああ。
でもありがとう、神様。
僕は、あんたを かなり見直した。
お互いの名前を教え合って、また二人で笑いあった。
名前を教える前に、気持ちを伝えてしまうなんて、奇妙奇天烈にも程がある。
「行こうか」
その時、ぱっと昔の景色が浮かんだ。
「あ……わかった」
そういや、こんな思い出があったっけ。
その後の大事件で、すっかり忘れていた。
「何がわかったの?」
ボコボコになった缶をゴミ箱に投げ捨てる。
見事にゴミ箱の中へと納まって、カランと小気味良い音がした。
「デジャブじゃなかったってこと」
さよなら、何もできない僕。
金は必要だが、重要ではない。
昔の誰かが、そう言っていたのを思い出した。
僕はその通りだと思いながら、彼女の柔らかい手を取った。
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親愛なる友人 仲田くんへ。
僕のことを覚えているでしょうか。
高校・大学と同じ学校に通っていた者です。
突然のことで驚いているだろうと思いますが、是非仲田くんに報告したかったので、
一方的ではあるけれど、こうしてお手紙を書きました。
僕は、長い長い放浪生活の末、今年めでたく結婚することになりました。
この幸せがあるのも、僕が不幸な人生を歩んだからに違いなく、
また僕が不幸な人生を送ったのも、君の力添えのお陰だと思っています。
どうもありがとう。
君も色々大変だと思うけれど、まあせいぜい頑張ってくれ。
P.S.
お前には本当に感謝してるよ。二度と会いたくないけどね。
野木隆太郎・愛子
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終わりました…。
その後の隆太郎は、ハローワークに通って何とか職にありつけたとかなんとか。
結婚までするようなお熱い仲じゃなさそうですが…。
いやもう、恋愛って無理だなと。
だって自分がしたことないんですものww
恋すら中3の1回だけですからねー。
もう久しく男なんて見てないですよ←誰だよ
まあそんな見苦しい言い訳すら出来ないほどの完成度の低さ。
書くのは楽しいんですが、まとめるのが苦手なんですよね。
これはもう…どうしようもねぇよ…。
オチも分かりづらいっていうね。
気付いた方、いらっしゃるかな…。
多分、【ダストボックスから君に 1】の方をもう1回、ちょっと流し読みすると分かるかと。
彼が彼女に、「懐かしさ」を感じた理由云々が。
今日は小説を2つも書き上げてしまった。
他にもやらなくてはならないことは、いっぱいあるはずなんだけど…。
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